社会貢献コラム
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2024/2/6 趣味のマジックで社会貢献(大阪支部 中路 喜臣)

趣味のマジックで社会貢献   

 

大阪支部  中路 喜臣

※事務局・注 写真をクリックすると拡大表示されます。

 

旧藤沢薬品に昭和46年入社させて頂き、47年からは奈良県担当のプロパー(現在はMR)として配属の命を受け、新製品等を病医院に紹介をさせて頂く仕事に就きました。

配属2年目でしたが、ある国保病院から休日の土曜日に特約店セールスさんからの連絡で薬局長が直ぐに病院に来るようにと…。その病院には新製品の抗生物質の供試品を持参し

紹介をしている最中でしたので、薬局長の呼び出しで何か、不都合な事をしなのかな?恐る恐る1時間かけて出かけました。

 すると薬局長から、院長室に一緒に来るようにと言われ、こわごわ院長室に行きました。そこで院長から頭を下げられ『君のお陰で一人の少年が助かった、有難う』のお言葉でした。

お話をお聞きするとお母さんが肺炎で入院、母親から離れられないで病院に付いて来られていた5歳の男の子が、 同じ肺炎に感染。その時病院に有る抗生物質を色々使ったが熱も下がらず感染も収まらない。

もしかしたら、死まで先生方は考えられたそうです

その時薬局長が最近毎日の様に来ている藤沢薬品の新人プロパーが抗生物質の試供品を薬局に置いていると…。

それを使ってみたらどうか?提案されたそうです。その薬剤が本当に劇的に効果有り、熱も体力も感染も治ったとお聞きし、病室の廊下から少年の元気な姿を院長、薬局長と共に拝見させて頂きました。

その時初めて私の本当の仕事の大切さを改めて知りました。いかに早く良い薬をいかに早く担当地区に紹介し、これは本来の仕事で社会貢献に成る。これが真の製薬会社での私の仕事なのだと。

この平城の都奈良県に11年、その後特約店担当として平安の都京都に13年勤務させて頂きました。その後49歳で東京支店に。初めて単身赴任の生活が始まりました。

単身の寂しさから趣味として始めたマジックを、アステラス製薬を60歳定年退職後、家族の住む 奈良に戻り、大阪に有りますアマチェアのマジック倶楽部に入会させて頂き、毎月開催されるマジック定例会に参加して腕を磨きました。

   

そのマジック倶楽部には色々な所からマジックショーの依頼が着て、ボラティアですが  お年寄施設や子供会、時には大きなホテルでマジックショーを披露させて頂き定年後16年間で320回目のマジックショーを披露させて頂きました。

定年後第二の人生の生甲斐として毎日の練習は私の励みにもなって居ます、

特にお年寄り施設でのマジックショーはお昼飯の後が多く、食後眠く成られた感じの方が私のマジックショーを見て頂いて目が爛々と輝き、活き活きされて釘付けに。驚きと笑顔、時には涙迄流される方も居られます。終わった後にまた来てね~と握手求められるのには嬉しい限りです。私もアイドルになった気分ですが、でももう76歳の後期高齢者ですけどね。

毎日の練習で日々過ごしている次第です。でもこれも私自身の老化防止になって居るのかも知れません。

同じお年寄り施設から何度もマックショーの依頼が来る事も多く有ります、またこれも嬉しい限りです。

 

 

又、東京、名古屋、関西は勿論、広島、四国松山でもマジックショーを披露させて頂いた事も 私の財産でも有ります。

アステラス社友会の総会時、大阪、名古屋、広島支部で披露させて頂ける時間も有り、本当に感謝している次第です。

製薬会社としての社会貢献、マジックショーでの社会貢献、形は違っていても私自身大変に満足をしています。

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